2006年06月30日

肖像画・黒い瞳

1kousi.jpg


[ Only Human ・ k ]


哀しみの 向こう岸に

微笑みが あるというよ・・・


でも 必ずしも

そうではないみたい・・。

たどり着く その先には

何が 僕らを待ってる・・?



ある晴れた 昼下がり
今日の夜ご飯は 何にしようかな〜
っとチャリチャリ 近所のスーパーへ 向かう途中
遭遇してしまったのです・・・ドナドナに;;


耳に 番号札つけられた 牛たちが
大きな トラックの荷台に 載せられて
ごとごと揺られながら
道行く私の方をじ〜〜〜っと見つめているのです。
あの 黒い瞳で。

子供のころ おじいちゃんちで 暮らしていたことがあるのですが
何〜故か そこに黒い牛が2頭、いたんですよね。
牛の目って 真っ黒で パッチリまん丸で
いっつも なんて可愛い目してるんだろう・・なんて思いながら
干し草あげたり しいてたんですけどね。

その時のべこ(牛)と おんなじ目ぇして
がたごと こちらを見ているんだなぁ・・
あ〜ぁ・・。

さすがに その日は牛肉を買う気にはなれず
お魚を買って(魚はいいのか!・笑;)帰ってきたんですけどね

ありがとう 大地
ありがとう 太陽
命を ありがとう・・

なんですね・・・;



子供の頃の 可愛かったべこを
思い出しながら描いた 一枚。


なのに・・ お嬢の この絵の感想は
『”三者面談のお母ちゃん”って感じ。緊張して こんな人、いそう。』
ですって。(笑)







posted by うさこ at 14:42| Comment(6) | パステル系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うさこさん。こんばんは。

「三者面談のお母ちゃん」ってMewちゃんさすが、
言われてみればなるほどって感じですね。
私が絵を見て最初に受けた印象が、
「途方にくれたミノタウロス」でした。
さあ。うさこさん、ひどいのはどっち?

絵を観て文を読んで、
子供の頃停車場で遊んでいたころよく見た牛を乗せた列車のこと、
叔母がドナドナを歌ってたこと、
学生のときに見た小牛の澄んだ青い目のこと、
牛の胃の中の細菌との見事な共生のこと、
活車えびを処理するとき目が怖かったこと、
イスラム教徒の年に一度のお祭りで羊を解体するときの話、
などなどさまざまなことが思い浮かんで、
どれもここに書き込みたいんだけど、
どれもやっぱり書き込めない。
言葉の渦に巻き込まれてしまいました。

いま私は途方にくれているかもしれません。
Posted by せいや at 2006年06月30日 18:05
せいやさん、こんばんは。^^

ミノタウロスって ギリシャ神話に出てくる
牛頭人身の怪物の事、なんですネ。
検索で読んでみて
『ボクハ 好きでこんな姿に
生まれてきたんじゃないのに・・;;』って
泣いてるみたいで
なんだか可哀想に思えてしまいましたよ;;

ひどいのは 断然せいやさん。(笑)
今から 神話に習って 私が迷宮を建てますから
そこで おとなしく待っていてくださいねぇぇ♪

ところで 『そっか・・』な ことから
『へ?;』 な ことまで(笑)
せいやさんの心の中には
いろ〜んな思い出があるんですネ。

ぜ〜んぶ聞いてみたいけど
途方に暮れてしまったのなら
この牛くんの目に 映し込んでみるのもいいかもです・・
言葉のいらない会話、 きっと交わせると思います。^^
Posted by うさこ at 2006年06月30日 23:17
私が初めに思ったのは
これ、うさこちゃん?!!
タイトル、よ〜〜く見たら
自画像じゃなく肖像画だった。
あれれ、違ったんだ。と思っていたら
Mewちゃんの感想で
『”三者面談のお母ちゃん”って感じ。・・・』
ハハハ、な〜んだやっぱり、うさこちゃんだったんだ〜。と思った。
ところが、
『・・・緊張して こんな人、いそう。』
よかったですね。この言葉が付け加えられてて。(笑)
でも、この黒い瞳の牛さん。
なかなか可愛いですよ。
憎めない感じです。
モ〜、こんなの見たら牛肉は買えませんよね。^^
Posted by michiko at 2006年07月01日 22:08
確かに。ツノがあるから私に見えなくもない・・
こらっ。

みっちゃん、おはよう〜♪
私の自画像は『濡れ鼠』で出てたしょ?
ま〜ちがえるなぁぁ〜〜〜(笑)
つぶらな瞳は まるで私とそっくりだけど^^v

お嬢に話したら「可哀想・・・;」
っていうから
「それが生きてくってことなんだよねぇぇ」
なぁんて事言って でもやっぱり直接見ちゃうと
その時は なんとなく買えないもんですね;

ちなみに
「そういえば・・ずっと前、鶏のドナドナ(!・なんて表現;)
見たことあるっ!;トラックに沢山載せられてた〜;」
と、今回のことで 『生きてゆくということ・命の恵み その真実編』を
学んだお嬢なのでありました・・てんてんてん わはは;

Posted by うさこ at 2006年07月02日 09:06
うさこさん。こんにちは。

ミノタウロスのつぶらなひとみを見ていたら、
エジプト・カイロのイスラム教の犠牲祭の映像を見たときのことを
書き込みたくなりました。
確か断食の終わった日に行われる祭りだと記憶しています。
その日は比較的裕福な家庭では羊を買って、
その羊を家族の分・親類の分・貧者の分と3分の1ずつに分けるそうです。
そのときの映像では次のようなことが映し出されていました。
羊が家族達の居る家の中に引き込まれていきます。
家族全員老若男女揃っていました。
家の中?
次の瞬間家の中で羊に大きな刃物が振り下ろされ、
血が飛び散りました。
日本でいうと小学校3・4年生かあるいはもっと幼いか、
そんな少女がいきなり繰り広げられた惨劇を見ました。
たちまちのうちに涙があふれ出て誰かに飛び込みました。
そしてその少女を包み込む家族。
羊を解体した後は、家族そろって羊の肉で食事です。
先ほどの少女はというと、
何事も無かったかのようにおいしそうに羊の肉をほおばっていました。

生きるということ。
家族のあり方。
人間の罪深さ。
その罪を背負い受容して生きるということ。
数分間の映像でしたがいろいろと考えさせられました。

Posted by せいや at 2006年07月02日 12:46
『犠牲祭』って 強烈な名前のお祭りだなぁぁ;
と思って 私なりに他の資料も読んでみましたよ。
せいやさん、こんばんは。

初めて見る者にとっては 想像以上にグロテスクな儀式ですね;
エジプトの方達は とてもにこやかに笑っていたけれど・・
さっきまで 普通に4本の足で立っていた羊達が
その儀式の後には 皮を剥がれた”肉”の状態で
沢山ぶらさがっていました。

確かに 自分達が”肉”を食べて
生きていくということは
そういうことなんですよね・・

ついでに 『貧者に分け与える』というのも
良い行いとして 重要な部分なんだろな・・
と 思ったんですけど
裕福な者にとっては 良い行いで
貧者も有難く頂戴出来て いいのかも知れないけれど

単純に 子供の立場に立ったとき
『羊を振舞う側の家庭の子供』に対して
『羊を恵んでもらう側の家庭の子供』は
学校や地域で その期間、惨めな思いをしているのではないかな・・
と、ちょっと気になって

そういった意味でも
”生きてゆくことの残酷さ”を
身をもって知る儀式だと いえるのかも知れませんね・・。
Posted by うさこ at 2006年07月02日 22:54
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。